私が韓国語を始めた理由 その2
2020年3月3日
独学はやっぱり大変でした

(慶南 河東の桜街道)
当時の韓国財閥系企業と言っても、韓国語ができる日本人社員なんて少なかったので、
韓国語を勉強し始めた私を、上司だった駐在員は非常に高く買ってくれて、入社2年目で
ソウル本社への研修に出してくれました。
だけど、そこで先に帰国していた駐在員の方に挨拶に行った際、
“中途半端に韓国語を話して、仕事で聞き取れませんでしたと言うくらいなら
韓国語はできませんと言いなさい”
そう言われました。
それくらい、韓国語での失敗は許されない業務でした。
でも、考えが幼かった私は単純に“何クソ!真剣に韓国語を勉強したる!”と思ったのです。
そこからは、電話でも韓国語で話そうとしたり、チームの上司にはできるだけ韓国語で報告したり
赤恥をかきつつも韓国語で話すことが上達していきました。
そうなると、1度くらいは韓国に、いやソウルに住んで実際の韓国を体験したいと思うようになってしまいました。
今から思うと、当時の上司には感謝のみですが、3か月休職して延世大学韓国語学堂に留学することを許してもらいました。それもIMF通貨危機の真っ最中、1999年1月のことです。
結局、2001年に退職して韓国ITベンチャー企業の海外進出を支援する韓国政府系の非営利団体で
2001年から2004年まで、本当に韓国語をフルに使って仕事することになりました。